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私小説復興のために

1 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 16:51:06
僕がひとりで踏ん張ります

2 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 16:52:40
私小説(ししょうせつ/わたくししょうせつ)とは、作者が直接に経験したことがらを素材にして書かれた小説の事。心境小説と呼ぶ事もあるものの、私小説と心境小説は区別される事もある。日本における自然主義文学は、私小説として展開された。

3 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 16:55:40
日本文学独自のジャンルと言われる。表現者自身である「私」を掘り下げた、
散文による根源的な芸術であるという主張に対し、十分に心境が描かれなければ
単なる身辺雑記に終るという批判や反省も初期からあった。又、
叙情詩に近い性質をもつため、物語のプロットが弱くなりがちだという弱点がある。

文芸評論家の伊藤整は、近代小説の根源に作家本人の告白性があると主張した。
さらに平野謙は、私小説には調和型と破滅型の二種類があるという考えを押し進め、
(1) 白樺派を源流とした、自己を掘り下げることと自分の生活を調和させる代わりに
制作意欲を減退させた調和型心境小説と、
(2) 自然主義を源とした、芸術のために私生活を破壊せざるを得なかった破滅型私小説の
二種類に分けて論じた。そこには実生活と芸術の二律背反が見られた。

後に私小説と反対の特色を持つ大衆文学が起こり、
又、文学の大きな潮流は新感覚派に取って代わられた。
しかし、私小説はその後の散文の作風全般に影響を与えた。



4 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 16:57:18
私小説を「ししょうせつ」と読むとき、それはイッヒ・ロマンのことを指します。
小説の主人公がIchイッヒ=私は、で語り始め、語り終わる形式全般のことを言います。
主人公はふつう人間ですが、猫であってもいい。
そう、夏目漱石の「吾輩は猫である」はイッヒ・ロマンであると言えると思います。
ゲーテの「若きウェルテルの悩み」やコンスタンの「アドルフ」も代表的イッヒ・ロマンでしょう。
大事なことは、主人公=作者ではないということです。



5 :書評者名:三浦雅士初出:読売新聞「季評文学:2006/09/08(金) 17:03:24
 大江健三郎の『憂い顔の童子』(講談社)は私小説である。
あるいは擬私小説。私小説の変容について考えさせずにおかない私小説だ。
 一般には私小説作家とされる三浦哲郎こそ物語作家であり、
つねに小説の先端を切り開くかに見える大江健三郎こそ私小説作家であると
十数年前に書いたことがある。いまやその思いはますます強い。
私小説は日本文学の宿痾(しゅくあ)とされてきた。それから一世紀近く、
世界文学の状況も変わった。ヘンリー・ミラーはむろんのこと、
フィリップ・ロスからポール・オースターにいたるまで、私小説を書いている。
近代日本特有のという形容は意味をなさない。問題は、
人間に固有の〈私という現象〉をいかに巧みに小説に利用し、
かつ浮き彫りにするかである。私小説を宿痾として捉えるのではなく、
文学の仕組み、人間の仕組みを解く鍵として捉えること。
『同時代ゲーム』以降の大江健三郎の仕事の焦点はそこにあったと言いたいほどだ。


6 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 17:39:14
内閣総理大臣 小泉 純一郎
昭和1年1月8日生
総務大臣
 郵政民営化担当 竹中 平蔵
法務大臣 杉浦 正健
愛知12区 当選6回
昭和9年7月26日生
外務大臣 麻生 太郎
財務大臣 谷垣 禎一
(たにがき さだかず) 衆院 京都5区 当選9回
昭和20年3月7日生
文部科学大臣
 国民スポーツ担当 小坂 憲次
厚生労働大臣 川崎 二郎
昭和22年11月15日生
農林水産大臣 中川 昭一
経済産業大臣
 国際博覧会担当
国土交通大臣
 首都機能移転担当
 観光立国担当 北側 一雄
環境大臣
内閣府特命担当大臣
 (沖縄及び北方対策)

7 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 17:42:04
内閣官房長官 安倍 晋三
(あべ しんぞう) 衆院 山口4区 当選5回
国家公安委員会委員長
内閣府特命担当大臣
 (防災)
有事法制担当 沓掛 哲男
(くつかけ てつお)
昭和4年9月12日生
防衛庁長官 額賀 志郎
内閣府特命担当大臣
 (金融
経済財政政策) 与謝野 馨
内閣府特命担当大臣
 (規制改革)
行政改革担当
構造改革特区・地域再生担当 中馬 弘毅
内閣府特命担当大臣
 (科学技術政策
  食品安全)
情報通信技術(IT)担当 松田 岩夫
昭和12年5月19日生
内閣府特命担当大臣
 (少子化・男女共同参画) 猪口 子


8 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 17:54:19
国会は、衆議院と参議院によって構成される。両議院とも、

主権者である国民の選挙によって選ばれた国会議員

(衆議院議員と参議院議員)によって構成される、民選議院型の両院制である(衆議院は下院、参議院は上院に相当する)。



9 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 17:55:59
常会(通常国会)
毎年1回、1月中に召集。会期150日(延長は1回のみ可能)
臨時会(臨時国会)
必要に応じて内閣が召集を決定。いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、召集を決定しなくてはならない。会期は両議院一致の議決で定める。(延長は2回まで可能)
特別会(特別国会)
衆議院の解散による総選挙の後に召集。会期日数の決定方法は臨時会に同じ。(延長は2回まで可能)
緊急集会
衆議院の解散から特別会までの期間に緊急の議決事案が生じた場合は、参議院において開くことができる

10 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 21:34:17
教は蒸し暑い虫を殺してフロがまを焼いたらマージャンハイが裏返った

11 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/08(金) 22:40:47
ししょうせつなんかいまさらw

わたやじゃないし(;¬_¬)

12 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 23:00:47
私小説って、昔の人が書いたものばかりだから、いまいちつまらないのであって
現代人が己の経験を素材に創作をするならば、非常に興味深いものが出来上がると思う。
と言うか俺は私小説が読みたいよ。


13 :吾輩は名無しである:2006/09/08(金) 23:25:47
西村さんはいい線いっていると思います

14 :吾輩は名無しである:2006/09/09(土) 00:44:21
>>12はいい線いってないね

15 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/09(土) 01:13:56
わたやりさとかねはらひとみはししょーせつかだよwww
じぶんのはなししか書けないもんw



ヨメヨメ(o≧∇≦)oo(≧∇≦o)わーわ

16 :吾輩は名無しである:2006/09/09(土) 04:03:52
あの二人、自分の話じゃねーから

17 :イッヒマロン:2006/09/09(土) 09:20:16
私小説というのは、
小説のネタを思い浮かばない才能のない作家が、
自分の持っている箸や爪楊枝など安価な日用品の全部が、
ダイヤモンドよりも価値があると勘違いして書き上げる小説。


18 :吾輩は名無しである:2006/09/10(日) 14:29:47
イッヒロマンは高尚なんだ。エッセイと同格に。

19 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/11(月) 12:34:12
>>18
 私小説が絵でいう後期印象派に対応すると思いますね。
ようするに心象風景でしょ。

誰しも今更私しょーせついやしいなんて思わない。
ただ、なんかくだらねえなあ、と感じるだけでしょうw

なぜかといいますと、偉人の伝記でもあるまいし、
大衆消費社会の私小説なんか
たんなる伊藤たかみ=ファロスマン的なフリーターぶんがくにしかならないからw

またかよ。ツマンネ、ってかんじっすwww


>>1時代から二回り遅れとるw

20 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/11(月) 12:39:45
>>16
 日常の経験的素材そのままの一人語りによる再構成だし、
やはり私小説=private novelだと思いますけどね。

なにしろ社会的視野がないw
じぶんにしか興味がないわけです。


綿矢のいちばん新しい『you can keep it』とかはおもいっきし個人的早稲田生活の再現です。
金原の『オートフィクション』は、謂わば私小説への追悼(オマージュ)なんではないか。


21 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 12:43:35
だいすけ君よく読んでるね
エライエライ
(●^o^●)

22 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/11(月) 12:44:35
ほめられた(#^.^#)うれしい

わーいv(*^□^*)v

23 :(o^v^o)だいちゃん ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/11(月) 12:56:11
 ぼくが読んだ中でいちばん完成度の高い私小説は、いわゆる自伝文学を除けば
夏目漱石の『道草』ですね。

大江さんの『新しい人よ眼覚めよ』もかなり凄いけれど、ちょっと衒学的にすぎてマニアックだと思わないではない。

やはり王者は道草だと思います。


 漱石はずーっと個人的なことを書くのを我慢してきて、
最後に自分自身を小説の素材にしました。
 それは「オレ様を語ればみんなよろこぶ力こぶ」みたいな、短絡的・フリーター的流れではない。
むしろ否応なしに彼は自分を客観視しなければならなかった。作風上成長する為に、です。

 私小説は文学史的に、「唯一無二の自分」という実存を相対化する為の手法なのです。
決してそれ以上の傾向ではない。
 たとえばサルトルの自己中に対する批判がレビストやフーコーら構造主義により為された如く、
文学における実存主義=私小説 は、『神視点』の導入により抜け出されたものでありました。

 村上春樹が『アフターダーク』で試しているような映画的展望こそ、
自己ばかりでなく、個々の実存を等価に置き直すような文学への他者の導入なのであります。
 漱石は『明暗』でこれをはやくも実現していたのですが!

24 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 13:18:13
大ちゃんてw(゚o゚)w


スゴイ!!!

25 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 15:50:50
自演はともかく、
金原さんのオートフィクションの、私小説の追悼が、なぜオマージュなんでしょうか

26 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/11(月) 16:02:25
 hommage→homageの源語義はhom=人、age=歳、でしょ。

つまりhomage(ハメイジ)は本来年功序列的敬礼なんです。


 金原さんはauto fiction=自己虚構=私小説 というtitleの作品を「固有名詞的」に書くことで、
謂わばかつて成立していた私小説の伝統を年功序列的に敬している。

逆に言えば、彼女以降にどんな私小説を書こうが「それ、オートフィクションのぱくりでしょ」と批判されて然りw
これが追悼と書いてオマージュと形声した理由です。


27 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 16:46:40
こんなスレが…いつの間に (^^;;

28 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 17:17:13
純文学=私小説だと思ってました。

私小説とイッヒロマンって微妙に違うんじゃ?
後者はただ単に一人称の小説って意味だろ?
私小説って言うのは
三人称でも、自己に対するコダワリから紡がれる言葉の群であれば
該当するんじゃね?

29 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 17:20:25
日本の純文学で私小説が占める割合は大きいと思います。
はたして、小説は純然たるフィクションなのか?
について語るスレ↓
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1157954448/l50

30 :吾輩は名無しである:2006/09/11(月) 22:31:38
私小説の逆は?
公小説?
「皆さんは・・・・」という語り口が基調wwwwwwwww

31 :吾輩は名無しである:2006/09/12(火) 15:59:48
皆さんは猫である

32 :吾輩は名無しである:2006/09/12(火) 20:00:34
林真理子が、コピーライター兼エッセイストとしてデビューした頃、
小説を書かないかと、編集者から持ちかけられ
「私に小説なんか書けるかしら」と躊躇したところ、
「エッセイの”私”っていうところを、
”昌子”とか”良子”とかの三人称に置き換えれば
小説になりますよ」と言われ、
(その助言に従ってかどうかは知らないが)
その後デビューしたとか。

福田和也の「作家の値打ちの使い方」という本では、
”「林真理子は小説じゃないですよね」なんて編集者(←もちろん林に小説
書くのを勧めた編集者と同一じゃないだろうけど)は言ってる”という話が
紹介されてたが、
それは、エッセイを三人称固有名詞に置き換えたものにすぎないということが
読み取られているからなのか?

さて、「私」を三人称に置き換えたエッセイと、
「まともな」小説の違いとは一体何なのか?

それは、思想的研鑽の持続性にあるのではないだろうか?
例えば、他の生命を奪っては(殺しては)ならない、という道徳を
親や学校や地域社会で学ぶ。
一方で動植物を殺して食ってるのが人間であり、
戦争状態では敵の人間を殺すことが正義である。
このような矛盾に直面したとき、
真摯な人は論理的一貫性を保とうとする。
そのプロセスが作品に反映されていれば、「小説」であり、
そんなものが微塵も見当たらなければ、
「私」を三人称に置き換えたエッセイということになるのでは。

33 :↑の修正:2006/09/12(火) 20:02:22
× その後デビューしたとか。
○ その後、小説家としてもデビューしたとか。

34 :吾輩は名無しである:2006/09/12(火) 20:03:32
私小説こそ小説の真髄

35 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 00:25:49
レス少ないね。私小説って人気無いのか?

36 :吾輩は名無しである:2006/09/13(水) 06:56:16
とどのつまり、身に絡まる斷念の思ひは
圭一郎の生涯を通じて吹き荒むことであらうとのみ想はれた。

37 :吾輩は名無しである:2006/09/16(土) 19:43:48
私小説復興のために 私小説復興のために 私小説復興のために 私小説復興のため私小説復興のために 私小説復興のために 私小説復興のために に

38 :585:2006/09/21(木) 00:30:40
>23
実存を相対化したら実存主義ではないのではないか


39 :吾輩は名無しである:2006/09/23(土) 19:26:45
愛読してる私小説なんて山口瞳の『江分利満氏の優雅な生活』くらい。
何が悲しくて小説読んで貧乏臭い気持ちにならないといけないんだ。

40 :凡人な人:2006/10/02(月) 04:43:43
>>1
僕も私小説復興に協力したいです。(というより、今まで一人で奮闘していました。)
あのすばらしく閉鎖的であるが故に魅力的な文壇は、もう一度再興できないものなのでしょうか。

>>39
本性を包み隠さず赤裸々に描く自然主義文学の潔さは、戦後小説にない魅力を感じます。

>>12
憎悪の満ちた現代社会を舞台にした私小説なら、ネタはいくらでもあります。
きっとそこから至高の芸術が紡ぎ出されることでしょう。


みなさんも私小説の魅力に開眼しようではありませんか!
そして真実の追求を互いに啓蒙し合う社会の実現を、僕は願って止みません。

41 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 07:45:20
広い意味では、現在でも「私小説」は書かれていると思いますが、ここで言われているのは、狭義の私小説なのでしょうね。

42 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 08:09:58
>>40
谷崎好きのオレは全くそう思わない。
「虚飾」だろうとなんだろうと豪華な作り物の方がずっと面白い。

43 :吾輩は名無しである:2006/10/02(月) 08:42:51
もちろん、「豪華な作り物」のためには学識と教養が必要とされるわけで。
源氏物語の現代語訳を果たした谷崎が『細雪』を書くようなもんだ。

44 :凡人な人:2006/10/02(月) 16:37:56
>>42
今、古本屋で見つけた『佐古純一郎著作集3文学はこれでいいのか』を読んでいるのですが、
谷崎の作品に関しては、文学=芸術と捉えた場合に適当かどうかが当時から問題だったそうです。
内容は『鍵』について触れられており、赤裸々な性描写は芸術としての「美」を感じられるか否かが論じられておりました。

この本はちょうど戦前から戦後小説への過渡期を題材にした内容なので興味深いです。

45 :吾輩は名無しである:2006/10/03(火) 10:47:05
谷崎に私小説的要素が全く無いとは思わないけど、
(社会全体の)「風俗小説」的な面も同じくらい強いと思うよ。

46 :吾輩は名無しである:2006/10/03(火) 20:46:44
「鍵」なんて、実際ああいう生活してたんじゃないのか?

47 :吾輩は名無しである:2006/10/03(火) 21:04:07
れっきとした私小説

48 :ピンキーとカラス:2006/10/05(木) 07:02:37
私小説とは、
作者が自分の鼻糞は、
他人の鼻糞と違って、
ダイヤモンドで出来ていると勘違いして書く小説。
退屈。

49 :吾輩は名無しである:2006/10/05(木) 09:29:11
教養と才能のある人間なら佐藤春夫の『田園の憂鬱』みたいなのがまだ期待できるけど、
そうじゃない人間は...

50 :吾輩は名無しである:2006/10/05(木) 21:44:57
>>48
たとえ下品すぎwwwww

51 :凡人な人:2006/10/08(日) 00:37:20
何か誤解されているようなので、一応訂正しておきます。
僕は谷崎文学が私小説ではないと書いたのではありません。
風俗小説的な色合いが強すぎるのは美的ではないと書いただけです。
それを同様に「豪華な作り物」と解釈してしまった当時の大衆に対して、佐古氏は絶望感を抱いたのです。

単に私小説という意味では、現代文学にも私小説的な技法は色濃く残っているように思います。
ただそれが芸術的であるか否か。
実体は芸術の皮を被った大衆向けの風俗小説ではないのかという疑問。
そこが問題の焦点です。

52 :吾輩は名無しである:2006/10/08(日) 15:20:33
私小説を研究している雑誌に、法政の『私小説研究』があるな。
毎年学会で購入してるが、あの雑誌の私小説に関するインタビューは興味深い。

創刊号は本多秋五。
二号はリービ英雄。
三号は津島裕子。
四号は小島信夫。
五号は大西巨人。
六号は駒尺喜美。
七号は佐伯彰一。





53 :吾輩は名無しである:2006/11/20(月) 10:28:02
裕子じゃなく佑子な

54 :吾輩は名無しである:2006/11/20(月) 14:07:19
大西巨人は私小説作家

55 :凡人な人:2006/12/08(金) 18:35:32
ttp://ana.vis.ne.jp/ali/antho.cgi?action=article&key=20061208000028
自作の私小説を投稿してみました。
>>12や皆さんの意向に沿うものかどうかは解りかねますが、
読んで頂ければ幸いです。
ただ内容は至極くだらないと言っても過言ではありませんので、
過度の期待は抱かずに読んで頂きたい次第ではあります。
語彙の少ない稚拙な文章が自分でも気になるのですが、
何事も経験だと、ある意味で開き直っています。
どんなことでも構いませんので、できれば感想をお願い致します。

56 :小山内劇場 ◆CCwdSZxWJo :2006/12/08(金) 19:06:31
主人公と社会との接点がないため、彼の人間性がわからない。
都市を書く場合、これは言及されないといけないと思います。
生活があれば無罪でも独善でもいられないはず。

57 :凡人な人:2006/12/09(土) 12:17:14
>>56
的確なご指摘ありがとうございます。
確かにご指摘の問題はこの作品における欠点だと思います。
この作品は私小説と言いつつも、
叩かれるのを恐れた臆病な作者が保身に回り過ぎた結果の産物です。
これでは私小説と呼べないかもしれません。
岩野泡鳴のような利己的な自我こそが理想ではあるのですが、
現代社会が恐ろしすぎて、今は書けそうにありません。
全く情けない話です。

58 :吾輩は名無しである:2007/04/07(土) 22:57:55
エヴァンゲリオンもある種の私小説

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